ONE EARTH義援隊 先日、富山に戻りました。多くの物資が集まり、2台に分かれて、石巻市と気仙沼獅折地区と陸前高田の3カ所に届けて参りました。被災地をこの目で見て脳裏に焼き付けておきたい気持ちと少しでも被災地の方々の力になればとの思いで行ってきました。まずは無事帰ってきた事と多くの支援を頂いた皆様に感謝いたします。そして貴重な時間を割いて、勇気ある行動をとってくれた仲間達、本当にありがとうございました。

気仙沼の唐桑地区は火災が三日三晩つずいたらしく現場は戦争の後の焼け野原のようでした。前進に寒気が走り言葉を失いました。駅の前にあったモニュメントが焦げて残ってる姿がとても切なく心に深く残っています。多くの方々が希望に充ちて通った駅がこうも無惨な姿になった事はとても絶えれるものでは無いと思いました。

また駅前に流され漂流した1000トン近い船が異様な空気を放ちただ事ではない事を見せつけていました。陸前高田の方はとても大きな町でしたが街全体が全て津波によって流され骨組とがれきの山、規模の大きさに驚愕、復興に出れ程の時間と労力がかかるのか、、、石巻の方はもう一つの部隊が行ってきたのでまた後ほど報告出来たらと思います。

今回行った気仙沼の避難所は400人ほどの方が生活していましたが、とにかく気持ちが落ちているようで、ボランティアスタッフの方も疲れきっていました。石川から来てる看護婦の子達も、心身ともに疲れ果てている感じがひしひしと伝わってきました。

届けた物資に関しては、快く受け入れてくれましたが、レトルトや菓子パンばかりで、とにかく温かい作り立ての物が喜ばれるようです。また場所によって状況が違うようなので、行ってみないと解らないというのが今の現状です。何所も発電機と燃料があったらと言う事でした。さらに被災地の100キロ圏内はほとんどのスタンドが閉店ばかりで、やってても2000円制限が多かったです。ハイウェイ上の柏崎でもガソリンスタンドがやっていなく下道に降りて帰る事になりました。

今回行ってみて感じた事はとにかく災害規模が大きすぎて、自衛隊や機動隊、消防士などの数が圧倒的に足りず、お手上げ状態です。

そんな状況の中でも輝いていたのはONE EARTHでも何度もお越し頂いてる熊谷もんさんでした、周囲がずたぼろに、なっているのに、さすが、チェリノブイリの時も電気をボイコットして2年間山暮らしをしてたらしく、もんさん家は普段どうりの薪と井戸生活でなんら変わらず、生活し、次のアクション(NO ATOM FOR PEACE !!)を発信、気仙沼から世界にシフトエナジーの発信をするべく、燃えたぎっていました。がんばれもんさん!!

ここ1か月前後は日本人全員の支援と力が必要です。甘く見ないでどうか出来る支援と生き方を見直す機会と考え、自分からここから日本人から意識とエネルギーのシフトをおこし、世界規模で変化、シフトして行く時です。そして行動しましょう。未来の子供たちの為にも、やれる事をやりましょう!

出来れば現地に行って自分の目で確かめるもいいし、生き方や生活を今すぐ変えるも良いし、祈りつづけるでも良いし、一人一人の変化でしか変わりません。

自分から見直そう! 今の瞬間の在り方にに未来も過去もかかっています、いつかはありません! 今が潮時 シフトするタイミング おのれが変わればおのずと世界は変わる!

宗教を超えて、2元性を超えて サナギから蝶へアセンション! 富山からも世界を変えよう!そして放射能や恐怖を愛と感謝の祈りで吹き飛ばそう! 甦れ越中魂! 輝け日本人!

今こそ意識を一つに! ONE EARTH!!

今回の義援方法は当初、義援金を100万集めて現地にBDFを買って送る事でしたが、ツイッターで広がった事で、南砺市の松本建材さんから3000リットル寄付を頂いた事により方法が変わった事を報告します。また立山町の宝水さんからミネラルウォーターを1380リットル寄付その他アールたちばなさんからトラックをお借りしました。アースデイとやま、越中騒動、みどり共同購入会さん初め多くの方々の協力によってボランティア活動できた事を感謝し報告いたします。

移動燃料や現地へのスコップ、バケツ、モップ、雨具、その他もろもろ、石巻で活動するボランティアチームが今必要とする物を買い付け持って行きました。

さらに今後活動するにあたり多少の義援金を必要とします。ぜひ皆様方からの温かい支援お待ちしております。必ず生きた活動資金として活用させて頂きます。

どうか今後この支援が持続出来るよう協力お願いいたします。そしてもっとボランティア団体に資金が行き届く社会になる事を願います。そして自分たちでも義援金を集めるシステムを考えていきます。

今後もご支援ご指導宜しくお願いいたします。

ONE EARTHスタッフ 一同